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湯カバ教授がさまざまなジャンルのゲストをお迎えし、灯油や石油暖房機について対談します!

ほかほか対談(2012年2月取材) ゲスト:茂木宏友さん 震災を機に石油(灯油)の役割を再認識

震災の翌々日、災害対策本部を立ち上げる

湯カバ

東日本大震災から1年が経ちました。茂木さんは当時、仙台青年会議所の副理事長を務めておられ、地元で救援活動に当たられたそうですね。

茂木

はい。宮城県の沿岸部も大津波で甚大な被害を受けましたので、震災の翌々日には仙台青年会議所として災害対策本部を立ち上げました。水や食糧がない、ガソリンも灯油も手に入らないという混乱状態が続くなか、物資を確保するために奔走したり、被害の大きいエリアに水や食糧を届けるため沿岸部のメンバーと連絡を取り合ったり、自分たちにできる限りのことを無我夢中でやっていたという状況でした。

湯カバ

震災直後は都市機能が麻痺して支援物資の搬送も困難だったと思いますが、車やガソリンの確保はどうされたのですか?

茂木

スタンドは停電で給油がストップし、街のなかは自転車や歩いて移動する人であふれていました。そんななか、青年会議所のメンバー各自がそれぞれの本業を生かして会社のトラックを動かしたり、山形県など被害が少なかった隣県のメンバーでガソリンスタンドを経営している人が力を貸してくれたり、阪神・淡路大震災を経験した兵庫県のメンバーも多方面で支援してくれました。

必要だったのはまず水と食糧。次にガソリンと灯油

湯カバ

震災でライフラインが止まってしまった時、ガソリンや灯油は被災地でどういう役割を果たしたのでしょう?

茂木

ガソリンは、なんといっても支援物資の搬送ですよね。避難や安否確認のための足にも必要だったと思いますが、緊急通行車両以外の車が普段通りに給油できるようになるまでにはかなりの時間がかかりました。まだ寒い時期でしたので、灯油は電源のいらない石油ストーブがある家では暖をとるのにとても助かったようです。避難所は学校の体育館などに備蓄があった所では、やはり電源のいらない石油ストーブが活躍していました。

湯カバ

電気やガスが復旧するまで、多くの人は毛布にくるまって過ごすしかなかったと聞いています。避難所も被害が大きいエリアは人々がぎゅうぎゅう詰めになって混乱しているでしょうし、あれだけの大災害ですから、はじめのうちは報道されている以上に想像を絶する緊急的状況だったと思います。

茂木

まさにそうですね。避難所では流れてきた瓦礫を乾かしてドラム缶で焚いて暖をとったりしていました。また、沿岸部ではなかなか波が引かず、私の友人のなかにも孤立した建物に3日間とり残された人がいました。そういうレベルですから、避難所でもまず求められていたのは水と食糧。1週間くらい過ぎたあたりから「何が必要ですか?」と尋ねて回ってみると、移動手段のガソリンと暖をとる灯油が欲しいと答える人が多かった気がします。

ガソリンや灯油はあって当たり前。なくては困るもの

湯カバ

震災の前と後では、我々も日ごろからの備えに対する意識が変わりました。震災から1年が過ぎた今も、自分たちの地域にいつ何が起きてもおかしくないという危機意識は高まっていると思います。

茂木

それは間違いなくいえますね。我々も「あの時こうしておけばよかった」という思いを誰もが刻んでいます。震災の時に暖房が使えなかったから石油ストーブを買ったという話も、去年の秋口から私の周りでよく聞きました。一時期は在庫がなくて待たされるほど需要が多かったようです。

湯カバ

宮城県を含む東北エリアなどの寒冷地では昔から灯油需要が多いかと思いますが、都市部と農村部では使われ方に何か違いがありますか?

茂木

都市部のマンションが多いエリアは、石油ファンヒーターとエアコンを併用するお宅が多い気がします。石油暖房機があると足元が暖かいので、私もオフィスではエアコンと併用して使っています。農村地帯などは家屋の広いお宅が多く、とてもエアコンではまかないきれないので、石油暖房機の使用がほとんどだと思います。

湯カバ

実は灯油は、全国的に見ても昔と比べると都市部を中心に需要が少なくなっています。しかし今回の大震災での一時的な供給不足もあって、灯油やガソリンの大切さが改めて見直されています。

茂木

確かに震災が起きるまではガソリンや灯油はあって当たり前のものだったので、欲しい時に欲しい分だけ手に入る状況は非常にありがたいことなのだと意識するきっかけになりましたね。今回のようなピンチの時にはもちろん、長い目で見ても必要な資源であることは間違いないと思います。

湯カバ

全く同感です。最後にお聞きしたいのですが、復興に向けて仙台青年会議所としては今後どのような活動を考えですか?

茂木

これまでのような目の前の個別具体的な支援というよりは、もっと先を見据えた活動を考えています。というのも仙台の人々は、昨年全国から支援の手を差し伸べてもらったことに対してみんなが感謝の気持ちを感じています。10年後20年後も感謝を忘れないための理念を広げていけるような運動を起こしていきたいと思っています。

茂木宏友さん プロフィール

1974年、宮城県石巻市出身。同志社大学法学部卒。2003年、仙台市青葉区に司法書士茂木宏友事務所開設。事務所の代表として本業に従事するとともに、仙台青年会議所のメンバーとして活動を続け、現在は震災後の新たな仙台の創造に向けて尽力する。